リーマンショック後、続く東日本大震災…自粛と節電から夜のにぎわいは消え、消えていく飲食店の変わりに激安の店が乱立し、そうかと思えばスペインバルがもてはやされ瞬く間に流行りものは輪廻していく。同社はそんな時代の渦と時を同じくして設立されるが、潮流に乗るのではなく自らつくる流れで着実に成長をつづけている。その力強さはどこから来るのだろうか。
トキメキをくれる、1.5等地のシナリオ。
おかととき「桔梗」/1階はオープンキッチンになっており、2階には個室スペースが用意されている。はしりから名残まで。日本料理とお酒のマリアージュが楽しめる。
おかととき「桔梗」の他にも、愛知県の県花をモチーフにしている「杜若」かきつばた等、店の名前には地域に根ざした由来やつくり手の想いといった物語が刻まれている。
2004年、はじまりの店はKOTO KOTOから。愛知県豊田市を中心に9店舗を展開する同社。「社長の出身地が豊田市なんです。自分の生まれ育った街においしく食べて飲める店が欲しい…人が集まれば街は元気になれる。それが豊田市に一号店をつくるきっかけだったと聞いています。初めはどうして豊田市なんだろうと思いましたけど」、と少し笑いながら河村専務はふりかえる。月日は流れ、しかし店の歩みは着実に。店舗展開をつづけている。
そして、KOTO KOTOはおかととき「桔梗」として今年の春、新たにオープンした。
人目を避けるように、ロードサイドからは少しだけ外れた場所にその店はある。
何の店なのかすぐにはわからないが、格子からこぼれるほんのりとした光に誘われるようにして辿り着くと、一瞬時間軸が変わる。光の奥には何があるのだろうかと気持ちがはやる。気づかぬうちにイントロダクションは、始まっていたのだ。
「当社の場合、チェーン店と違って9店舗どれを取っても同じ店はありませんが、ほとんどが一等地からややはずれた場所にあります。1.5等地くらいでしょうか。ですから繁華街にある店のように、通りがかったお客さまがたまたま来店されることはまずありません。宣伝はしない。口コミが、基本です」
おかととき「桔梗」の店の看板もごく控えめにしか出ていないため、紹介者に場所を教えてもらうか一緒に来店するというのが、あたりまえの来客導線になっている。
また、一等地でない分は、お客さまに還元されるため顧客満足が高められるという。
「20名くらいの団体さまだと、だいたい10名くらいのお客さまは店に迷われ遅れてみえることが多いですね。もちろん、幹事さんはそのことも予定調和のうち(当店もですが)。むしろ、したり顔で遅れて来たお客さまをねぎらいその場を盛り上げるきっかけになさっていたりします」
やっと、探しあてた自分たちの隠れ家といったところだろうか。
安堵と喜び…そして、ほのかな光で浮かび上がった桔梗(ききょう)の家紋を見つけ、桔梗は岡に咲く神草という意味で別名「おかととき」と呼ばれていることを知り、桔梗の「更に吉(さらによし)」という幸先の良い話を聞きながら店の扉と一緒に期待と深い興味の扉が開いていく。食前酒のようにこれから始まる食事を一層おいしくしてくれるストーリーがさりげなく仕込まれていた。
「例えば、京都のとんでもない場所にありながらも脈々と受継がれている老舗料亭のように…進化しながら時代を越え、歴史を積み重ねている。長年人の心を引き寄せて離さない店づくりが理想ですね。だから、新たな店舗展開も『流行りものはやらない』『本物を追求する』というスタンスは今までも、これからも変わることはありません」
流行や経済が移ろい変化しても、変わることなく人の心を引き寄せる店づくり。
価格競争ではなくコモディティ化されない店の価値はどのようにしてつくられているのかをたずねてみた。
全国を訪ね歩き、産地直送で取り揃える
季節、月、日々、変化する産地直送でつくる料理で全国横断。店舗ごとに個性の異なる料理が楽しめる。
毎年、米づくりから酒づくりを体験。つくり手になって知る日本酒の奥深さ。出来上がるまでの過程と歴史を訪ね、はじめて新しい日本酒の楽しみ方を提案できる。
「北海道洞爺湖町の大地で育った無農薬・無肥料の野菜、えりも町から函館南芽部町までの豊かな海でしか水揚げされない松皮鰈(マツカワガレイ)、幻と言われる小樽の八角、北海道太平洋沿岸地域でしか食べられないししゃもの刺身…。当店では通常あまり市場に流通していない食材をすべて産地直送で仕入れていますから、お出しする料理が他とは異なるのは当然です」
一部の料亭でも出会うことが稀な食材も多い。極限られた時期に現地へ足を運ばなければ食べられないような幻の食材に遭遇できる。初めて食するものも少なくないはず。感動と初めての経験ができる店となれば、その思いを誰かに伝えたくなるのも無理はない。
「店舗ごとにスタッフが全国の生産者さんの所へ出向き、作り手の思いを知る。美味しいと感動し、信頼できるものだけを直接仕入れています。だからお客さまに料理をお出しする時、スタッフは自分の言葉で料理の素晴らしさを伝えることができるのです。マニュアルじゃない、そこにリアルと想いがあるからお客さまの心にまっすぐ届く。当社のスタッフは料理を運ぶことに対して時給が払われているんじゃないことを自覚しているんです」
もう店はおいしい料理を出すだけの場所ではない。スタッフは生産者とお客さまをつなぐ重要な触媒となり、料理を通して生まれるお客さまとの会話は、流れる時間を豊かにしてくれる。そこに同店ならではの強いサービスがあり、ブランド力になっている。
さらにもう一つ、同店の絶対的価値を上げるとしたら、「スタッフの本物を学ぶ姿勢と食に関する深い知識」だろう。
美味しい料理に欠かせないのがお酒。豊富な日本酒・ワインを取り揃えているだけでなく、同店のスタッフはお酒に関する知識も豊かで深い。利き酒師であるスタッフの指南により日本酒の本当の美味しさと、新しい世界を知るお客さまも少なくない。また、豊田市をはじめ全国蔵元とのコラボによるイベント企画を積極的に催しており、お酒ファンのコミュニティーが生まれると同時に、店のファン化に成功している。
「毎年スタッフは、米づくりから酒づくりを体験してもらっています。愛知県の地酒で知られる、ほうらいせん醸造工房さんに指導いただきながら、お借りしている田んぼで今年も程なく田植えの季節がやってきます。秋には稲刈りをし、米を磨き、仕込み、手間をかけ来年の春にはオリジナルのお酒が出来上がります。数量は極わずかですが、この立春しぼりを毎年楽しみにしてくれているお客さまもみえるんですよ」
複雑にしてデリケート、杜氏の高度な技術に五感が加わり創造性に富んだ日本酒。机上の知識だけでは、その世界を知り、伝えることはできない。
同店でお客さまが本物を知るきっかけになってもらえればと河村専務は言う。そのためにはスタッフは経験に裏付けられた本物を知っていなければならない。そして、ただ働くのではなくファスタで経験したことや感じたことが、スタッフの人生においても一つのターニングポイントになって欲しいと語ってくれた。
街に愛される店づくりは豊田、名古屋…といったエリアに限ったことではない。世界のまだ見ぬ街だっていい。
「未来のターニングポイントは海外で起こるのかもしれませんね」
ファスタの海外進出、そんな先の出来事ではないらしい。
株式会社ファスタ(FASTA) 取締役専務 河村 達哉氏
愛知県春日井市出身。1976年生まれ。17才よりスノーボーダーの夢とともに世界の雪山を駆け巡る。ファスタの代表取締役である山下氏とは20才の頃、お互いスノーボードを愛する仲間として出会う。月日は流れ5年後、二人は偶然にも再会。その時、すでに飲食業界に従事していた河村氏だが経験値の幅を広げるためファスタの2号店より店づくりに参加。以来、ファスタの歴史と共に10年で10店舗の店づくりにたずさわる。
社名 | 株式会社ファスタ(FASTA) |
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所在地 | 愛知県豊田市西町5丁目2番地 |
創業 | 2004年9月1日 |
設立 | 2007年8月29日 |
代表 | 代表取締役 山下 博正 |
事業内容 |
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URL | http://fasta-gp.com/ |
掲載:2015/06